院長こらむ : パンデミック(pandemic) その5(コレラ)

コレラは食べ物や飲み物から感染する代表的な疫病です。19世紀初頭(1817年)よりこれまで7回にわたりパンデミックを起こしています。1817年から1899年までの6回のパンデミックは、すべてインドのベンガル地方から世界に拡がりました。その間、1884年にやっとドイツの細菌学者ロベルト・コッホによりコレラ菌が発見され、原因菌が同定されました。それまでは誰かが飲み物に毒を投げ込んだという噂で、犯人とされた人々が暴行を受けたり殺害されたりしました。なかには医者も疑われ、殺されたと伝えられています。

コレラ菌が発見され、その治療法の研究が世界的流行の阻止に大いに役立ったのはもちろんですが、それ以上に、コレラ菌が発見される前、感染経路(井戸水)を突き止めた、イギリスの外科医、ジョン・スノーの功績が大きいと言われています。当時、特に貧民街では、汚物の垂れ流しで悪臭がひどく、その汚水が井戸水に混入していることに気づいたジョン・スノーは、これがコレラ蔓延の原因ではないかと考え、社会生活環境の改善を指導しました。これによりコレラの流行が収束に向かいました。この業績を称え、ジョン・スノーは「疫学の父」と言われています。

今まで述べた近代前のパンデミック(黒死病・天然痘・コレラ)は、当時の社会的背景に負うところが大きいと言われています。黒死病は、モンゴル帝国がアジアからヨーロッパへと勢力拡大し、ユーラシア大陸の東西交易を盛んにし、それに伴い、荷物に紛れ込んだネズミにペスト菌が感染しており、中国からヨーロッパへペスト感染が拡大しました。天然痘は、ヨーロッパ人の新大陸発見とその後の覇権行動に伴い、ウィルスが世界中にばらまかれました。コレラ流行は、産業革命の時期と一致し、発明された蒸気機関車や蒸気船などの交通手段の発達、それとともにヨーロッパ人によるアジアの植民地化が起こり、インドにいたコレラ菌が、逆にインドからヨーロッパを侵略しました。このように、人類の歴史と感染症は切っても切れない関係にあります。この時代は、世界的流行といっても月・年単位で起こっていましたが、今は、今回の新型コロナ騒動のように、日・時間単位で拡大しています。このスピードは恐ろしいことです。

パンデミックは人類にとって大きな禍ではありますが、一方で社会環境に大きな変革ももたらしてきました。黒死病は、ヨーロッパでは貧困層の莫大な犠牲者のため、労働者不足となり、農奴制の衰退、農民の地位向上となり、農民の待遇改善に役立っています。天然痘は、ジェンナーによる種痘の開発を促し、これが予防医学へと発展しました。コレラは、劣悪な衛生環境が人間生活に悪影響をもたらしていると気付かれ、公衆衛生学の発展、さらに上下水道の整備を含めた都市工学の発展に貢献しています。しかしながら、世界での今回の新型コロナウィルスの犠牲者の多くは、今でも、劣悪な生活環境にある貧困弱者に変わりはありません。今、アメリカでは、コロナ以外のことで大騒動が起こっていますが、コロナ後のさらなる格差社会の拡大が予想されることを考えると、根は一緒のような気もします。今起こっている香港問題も、もともとはイギリスの植民地覇権がもたらしたものであることを忘れてはなりません。モヤモヤした気分は晴れません。

可憐な高山植物で、癒しを。

ミヤマタンポポ(白馬岳にて撮影)

ヤマハハコ(白馬岳にて撮影)