院長こらむ : パンデミック(pandemic) その4(天然痘)

5月25日、緊急事態宣言が全面解除されました。しかし、新型コロナウィルス感染が終息したわけでなく、第2波の感染拡大に怯えながらの自主的自粛生活が余儀なくされるものと思われます。気分が一斉に晴れたというより、なにかモヤモヤした気分は私だけではないでしょう。ウィルス感染の根絶はまれといわれる中、人類が唯一根絶し得た感染症が天然痘です。天然痘は、有史以来、高い死亡率や治ったとしても顔や頭に瘢痕(あばた)が残ることから悪魔の病気と恐れられてきました。

天然痘の痕跡は、古代エジプトのミイラからも発見されています。4世紀に入るとアジア各地で天然痘が流行していた記録が残されています。さらに驚くことは、発疹のかさぶたを他の人に塗り、予防を図っていた形跡が記録されていることです。これは、のちに、1798年ジェンナーが牛痘を人に接種し、天然痘の予防接種の先駆けとなるはるか昔のことです。16世紀になると、この天然痘の流行が国家滅亡にも一役かったと言われています。スペイン人が中南米をわずかな人数で征服できたのも、鉄器や火薬を持たない先住民国家(アステカ王国、インカ帝国)との戦力の差だけでなく、スペイン人が持ち込んだ天然痘ウィルスに抵抗力のない先住民の多くの人に感染拡大し、膨大な死者がでたため、国力が弱ってしまったためと言われています。

天然痘ウィルスの感染は飛沫感染でおこり、7~16日の潜伏期間を経て、急激な発熱で発症します。発熱は数日続き、発疹が出現します。発疹は、最初は紅斑から、丘疹、水疱(中央がくぼんだ水膨れ)膿疱(水疱内のうみ),かさぶた、落屑(かさぶたが落ちる)の順で移行します。致死率は高く、20~50%と報告されています。発症後1~2週間目に多くのひとが死亡します。また、運よく治っても、かさぶたが落ちてできた瘢痕(あばた)が残り、人を悩ますことになります。とくに女性の苦悩は大変だったと推測されます。この”あばた”で有名な人のなかに夏目漱石がいます。最近、伊集院静氏の日経新聞小説「ミチクサ先生」(作者病気のため中断しています)にも夏目漱石のあばたの話がでていました。鼻の頭にあり、漱石も大変気にしていたと書かれています。さらにウィルスが目に入ると失明します。「独眼竜」伊達政宗も幼少期、天然痘で右目が失明したものと思われています。

18世紀、エドワード・ジェンナーは、みずから開発した種痘を我が子で人体実験を行い、その有効性を確かめ、さらに種痘の乾燥保存に成功しました。それ以降、種痘が普及し、天然痘の流行が急速に少なくなりました。1958年WHO総会で、「世界天然痘根絶計画」が可決されました。このWHOによる根絶努力が世界中で行われた結果、1977年ソマリアでの報告を最後に3年間発症患者は出現しなかったので、1980年5月8日にWHOは天然痘根絶宣言を行いました。日本では、1955年を最後に患者は出ていません。このように天然痘は、人類が根絶し得た唯一の感染症になりました。今回の新型コロナウィルスのパンデミックも、有効なワクチンが早く開発され、根絶に向かっていくことを願うばかりです。

 

高山植物の女王と言われる”コマクサ”(八が岳で撮影) ミヤマシシウド(白馬岳で撮影)
ナナカマドと千畳敷カール(宝剣岳) ナナカマドの真っ赤な実